楢村さん写真1 楢村さん写真2  

 ―足を使う仕事も趣味も、ストロバーと一緒ならいつまでも頑張れそう。  若い頃から語学に興味を持ち、現在は通訳案内士として活躍中の楢村直子さん。10年ほど前にストロバーと出会って以来、大切に、かつじっくりと履き続けているのだとか。  大学時代に英語を専攻していたこともあり、国家試験に合格し通訳案内士の資格を取得。持ち前の語学力と魅力的な笑顔を活かし、これまで多くの外国人観光客をガイドしてきた。
7年前にはフランス語での案内士資格も取得、日本各地を飛び回り、バスや船でのツアーに添乗するため、観光客を案内する間は常に歩きっぱなし。  「ガイドの仕事は2、3日前に飛び込んでくることもしばしば。そんな時は前日に現地入りして下見をするので、それも含めると結構長い時間歩いていますね」とのこと。それでも、ストロバーを履いているだけで随分と疲れの度合いは変わるそうで「久々に他の靴を履いて歩いたらすぐに足が痛くなってしまって…もうストロバーの靴しか履けません!」と笑顔で語る。
自宅の下駄箱はストロバーで埋め尽くされているのだそう。  仕事が忙しくても、その分趣味も思いっきり楽しむ楢村さん。「趣味はスキー、旅行、フラメンコなどなど…。旅行に関しては、毎年必ずと言っていいほどフランスへ行きますね。ヨーロッパは石畳のようなデコボコした歩きにくい道が多いけれど、そんな問題はストロバーを履けばなんてことありません(笑)」
 「もう若くないけれど、気持ちはいつまでも若くて元気なところが私の取り柄。メラメラ燃えています!」と語る姿は眩しいほどいきいきとしている。
今後も、ストロバーと共にアクティブな生活を送り続けてほしい。




碇本さん写真1
碇本さん写真2
 

 碇本さんは、生まれてお育ちになった場所が麹町。インタビューも、そのエリアのホテルにあるティールームで行ったのですが、お帰りの時「お庭みたいなものですもの、 四ツ谷駅まで歩いて、電車で帰ります」と明るくおっしゃいました。数年前、杖をつい て歩かねばならなかった時期がおありだったなんて、信じられないお話です。
 6,7年前、膝関節症になり、正座はダメ、歩行は杖が必要という状況を体験なさった碇本さん。整形外科に通い、絶望的な気分の日々でした。リハビリのために始めた水中ウォーキングのプールに行くのですら恐かったとおっしゃいます。鍼などの民間治療にも通いました。当然履く靴の重要性はお医者様からも言われており、色々なメーカーの靴をお試しになっていました。しかし、どれもシンデレラの靴のように?ぴったりとはゆきません。それでも「自分で治さなきゃ」という前向きな姿勢は崩さず、靴も探し続けました。そして4年前、偶然ストロバーとめぐり合ったのです。
 初めてお求めになったのは、ハイカットのウォーキング。「こんなに楽なんて。もっと早く知っていればよかった!」それまで味わったことのない、フィット感、そして足が程よく固定されるので、靴の中で足が遊ばないところも驚きだったようです。それ以降、ほとんどの靴をストロバーに変え、ご自分の足で歩く生活に切り替えてからというもの「あんなに辛かった膝や腰の痛みがなくなりました」と、嬉しいご報告を頂きました。
 そもそも、膝をお悪くなさった要因は、幼少の頃より精進なさっていた日本舞踊だったとおっしゃいます。碇本さんは20代で花柳流の師範の免許をお持ちになり、ご自身も舞台で踊られたり、お弟子さんも教えるという、お忙しい日々でした。お得意とされるのは、動きの激しい歌舞伎の立ち役さんが踊るようなキャラクターのもの。「鏡獅子」など、男性でも大変な獅子の毛を振る場面がある舞踊にも、舞台で挑戦なさっています。しかし長年続けてゆくと、日常生活ではありえない負担が、腰や膝にかかってきます。それはご承知の上で、ご自分が大好きな踊りのお稽古、痛みより先に踊る喜びの方が大きかったのではないでしょうか。でもそんな肉体訓練の下地があったからこそ、健康を取り戻し始めてからの、回復の速度は早かったと言えるかもしれません。新たな健康第一の生活を始め、踊りのお稽古も再開なさった碇本さん。「ストロバーは一生履き続けますよ、棺桶に入るまで(笑)あちらの国への旅路にも履いて行かなくちゃ」と、張りのあるお声で宣言なさいました。




藤野さん写真1
藤野さん写真2
 

 同じ製薬会社にご勤務の、藤野元さん、育子さんご夫妻。「朝、一緒に食事して出勤します、仕事が終わり、どちらかが先に帰宅の時もあるし、そうでない時もあるし…」程よい距離を持ちながら、お互いを良きパートナーとして認め合う素敵なご夫婦です。お二人の会話は育子さんいわく「ボケとつっこみで」とおっしゃいましたが、比較的お口数の少ない元さんに、てきぱきと笑いを交ながらお話を進めて行く育子さん。そのバランスは絶妙で、あたたかな日常生活を垣間見るようなインタビューとなりました。
 5,6年前の休日、お二人でデパートをぶらぶらしていて、目に入ったのがピドックスの店頭にある測定器。「靴屋さんにこんなものがある!」と興味本位で乗ってみたところ、ご自分の足の欠点がくっきり。元さんはそれまでずっと足の冷え症に悩まされており、足幅の狭さから合う靴もなかなか見つからず、ご苦労なさっていました。それをずっと気にしていた育子さんがまず「買ってみようよ」と提案。その時、元さんの足を、ショップのスタッフが足もみさせて頂いたのですが、触れぬほど痛がられたそうです。その日以来、夫婦揃ってのストロバーライフがスタート。元さんのハンマートウや冷え症は改善され、今ではご来店時の足もみ中に、スタッフと野球談話で盛り上がるほどになりました。
 その効果をより実感するのは国内より海外。数年前ロンドンに語学留学した時は、室内でもストロバーのサンダルを履いていました。勉強だけでなく、囲碁クラブに通ったり、クラスメイトとパブに飲みに行ったり充実の半年間は、健康な足のお陰もあったかもしれません。ヨーロッパの古い街並は未だに石畳が多く、美術館や建物は冷たく硬い大理石ということもしばしば。日本では想像つかぬほど、それらは踵に負担がかかるのです。ストロバーの中敷はカップ状で踵をサポートするため、その威力を大いに発揮したようです。
 留学時代のクラスメイトを訪ね、韓国、クロアチアなどにも行かれたとか。お休みを利用しての旅行はお二人の大切な時間。ウイーンで旅の記念にペアウォッチを買いたいと思った時のこと、ガイドブックではわからないような真実を知るため?良いお店の選び方をホテルのスタッフに相談しました。その時『時計を買おうと思うより、そのお店の方との信頼を買うのです、ご自分が気にいったところでお求めになればいいのです』とシンプルでありながらも深い言葉。さぁ、お二人はあちこち歩きまわり探しました。最終的にたどり着いたのが、誠意ある対応で接してくれた、おじいさんのお店でした。元さん、育子さんは、そんな忘れられない思い出のある時計を腕に、今日も仲良くご出勤です。




貞政さん写真1
貞政さん写真2
 

 大学病院の皮膚科ご勤務のお医者様、貞政裕子さん。お忙しい中でのインタビューでしたが、溌溂としたその語り口、楽しいお話に、時間があっという間に過ぎてしまいました。
 12歳の時、米国テネシー州に1ヶ月ほど滞在、日本とは違うアメリカの大きさと、自由さを全身で受け止めたようです。後の行動的な歩みはその時の体験が影響しているのでないでしょうか。高校時代、当初は女子大の文系に進むつもりで、その方面の勉強をしていたそうですが、ある日突然「手に職をつけよう」と思い立ち大学案内を開きました。医学部のページまで選択肢は広がり「目玉にメスを入れるのも恐ろしい…」などと正直に考えつつも?医学の道に進むことを決意。急遽、医学部受験の勉強に切り替えたと明るくおっしゃいました。文科系から医学系とは!その決断力とバイタリティ、未来のお医者様への素質を感じさせるエピソードです。そして最終的に皮膚科を選ばれました。
 ストロバーとは今から12,3年前、研修医時代のある日、デパートで通りすがりに出会いました。駆け出しの医師は、朝から夕方まで立ちっぱなしという重労働、必然的に身体に良い靴を探すようになった結果です。「学生時代は当時流行のボディコン、ピンヒールでした」と笑いながらの告白もありましたが、現在は流行よりもまずはご自分の健康が最優先で、ストロバー一辺倒に。患者さんの魚の目、タコなどの治療を通しても、足の健康の重要さを日々感じていらっしゃるようです。
 そして、第一号ストロバーは今でも修理を繰り返しながら現役で御愛用とのこと。「足に馴染んでいるんでしょうか、何足もあるストロバーの中で、海外に行く時もそれを履くことが多いんです」とは、靴にとっても、幸せなこと。海外ではご友人のお宅に滞在することも多く、数足のストロバーに愛用のテンピュールの枕を持参します。その場所の生活を楽しむことが第一の貞政さん、素敵なご友人の輪がどんどん広がっていきます。今度のLA旅行ではウイリアムズ・ソノマのクッキングスクールに出席予定。滞在なさるご家庭でのホームパーティでは、お得意のお料理をご披露するため「スーツケースは食材で一杯です(笑)白玉粉やお味噌、いりことか…」アメリカのご友人達、さぞお喜びでしょう。LAの住宅街を、ストロバーを履いて颯爽と歩いている貞政さん、目に浮かびます。